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2007年09月14日 (金) ―― うめざわ ――

NEXTの競技のクラブの始まり

あるお客様から「mixiで”なるとはどうやって作られたか”を書いている人がいるよ。」という情報を頂きました。その書いている人はなるとのクラブのスタートメンバーなのですが、僕mixi入会していないので見ることが出来ません(笑

いや招待状はもらっているんですけどね。時間があるときに・・・なんていっているとどーも忘れちゃうんですね。もあちゃんすいません。

どんなこと書いているんだか判らないんですけど、アンサー日記でも(爆

まあ「おっさんの思い出話」ってことですから、内輪受けなのは覚悟してください。

最初の偵察隊

25才でNEXT(今の金目店)をオープンさせて意気揚々としていた僕だったが、すぐに現実を目の当たりにすることとなった。オープンイベントは1週間。ご来店頂き住所などの情報を頂いたお客様全員に「モービルエンジンオイル4リッター」をプレゼントするという大盤振る舞いで最初のセールは大成功だったが、しかし現実はそれほど甘くなかったのだ。8日目から急にお客様が1日に2~3人ぐらいしか来なくなった。

まあ今から考えればオープンしたてじゃ当たり前ですけどね。

大赤字の毎日。深夜までのチラシ配り。信号待ちの車にチラシを巻いたり、マンションと言うマンションに忍び込んでチラシを巻いた。しかしまったく状況は改善されず4名いたオープニングスタッフもあまりの暇さに不安なのと、空回りする僕に嫌気がさして一人一人やめていき、結局僕と以前から友達だった一人と合わせて二人だけが残ったが、暇なので二人でもまったく問題無かったのだ。

そんな時に86用のシートレールを買いたいと言うお客様が来た。当然僕はその時持てる情報と技術と情熱を全てそのお客様に注いだ。今だからこそ専用シートレールがあるが、その時はシートレールとシートは汎用性が無く必ず加工が必要だったし、寸法によってはシートとレールが取り付けられないなんてこともあった。だから僕は一生懸命寸法を測ってシートレールを販売した。この人が今の”なると”の会長の石黒さんだった。彼はこの後に続く”なると”誕生のキーマンだった。NEXTの前に止まっていたジムカーナ仕様の僕の車を見て、店の内容を偵察に来たのだ。今も昔も人を試す嫌な奴だ(笑


この店のコンセプトは何ですか??



「今日も暇だったな。さてそろそろ片づけしようか。」

そんな時にお客様が入ってきた。いっぺんに10数人。狭い店舗がいっぱいになる。最初はみんな店内をぶらぶらしていたのだが、みんななにか様子を見ているよう。


「いらっしゃいませ!なにかお探しですか?」


僕は久しぶりの沢山のお客様に飛びつくように声をかけた。その中に偵察隊の石黒さんがいたのは僕は気が付かなかった。

しかし、声をかけた方は困ったような顔をして他の人を見る。目線の先にいる方が何かを探しているだろう。ちょっと目つきが悪い感じのひとがそこにいた。歳は30前ぐらい?「しかし付き添い10数人っていうのも珍しいなあ」と思いつつ、その人に声をかけようとすると、向こうから話しかけて来た。その言葉が


このショップのコンセプトは何ですか?


だった。13年この仕事やっているがそれ以降他の人からこの言葉を聞いたことがない(爆

しかし僕はまだ若かった。一生懸命自分のやろうとしていることを、そして夢を語ったのだ。ハッキリ言って「考えている」が世間知らずのことをずらずらのべた。

良く覚えてないけどその時にしゃべったNEXTのコンセプトは

■タイヤとオイルをメインにしていること

■違法改造はしないこと

■僕が競技はやっているが競技系のお客様をメインにしないこと

■ブレーキパットの交換やミッションなどは外注でやること

■足回りのセットアップやボディメイクはオクヤマに出すこと

だったような気がする。今と真逆(笑。でも真剣にそれで行けると思ってたんだ。よく今まで潰れなかったとホントに思う。


JAFの加盟クラブを作ろう


さて向こうの集団は結局今日はなにも買わなそうだ。ここからお互いの腹の探り合いが始まるわけ。話を聞いていると結局こういう事らしい

●ここにいるメンバーはあるショップのクラブに御世話になっていたがトラブルで他のショップを探している

●準加盟クラブを作れる人数はいるが、どこを拠点にするか決めかねている。本拠地になるショップあったほうがメリットになる

●ここを本拠地として使わせてくれるなら、登録の手続きは全てこちらでやるので手間は掛けさせない


このころは「JAF公認チーム」に所属していないと競技ライセンスが年度更新出来ないというシステムになっていて、「クラブに入る」というのが必須条件だった。

「NEXTでもクラブを作りたいよね」というお客様や僕の仲間は4~5名いたものの、JAFの決まりでクラブは最低10名必要だったので夢物語。

そこに降ってわいたようなチャンスだった。 暇な現状この中の何人かがお客様としてきてくれればラッキーだし。

僕は「NEXTのクラブでは無くて、所属しているクラブ員がやっている店がNEXTだったのでそこを本拠地にした」という一見意味不明な条件をだして相手と握手をした。クラブ員だからという理由で我が物顔でお店にたまられると他のお客様が来づらくなるしね。(暇なので誰かがたむろしていてもまったく問題なかったのだけど・・・)

でも今から考えれば、こんな偶然なんて無いよねぇ。

これが奇跡的な”なると”の始まり


クラブの名前を決めよう


何日かあと「この店のコンセプト・・・」の人が白いクレスタツインターボにのって来た。この人がどうやら奴らのリーダーらしい。名前は一度聞いたら忘れられないような珍しい名前だった。今も一緒にクラブを運営してもらっている「三間さん」と言う人だ。

JAFに登録するのに会長を決めなくてはいけないらしい。誰にしようかというので誰でも良いと答えたら、じゃあ何もしなくても良いから会長をやってくれといわれた。「なにもしなくて良いなら」と僕は了解した。

次にクラブ名を決めなくてはいけないとのこと。これもコイントスで結局僕が決めることになった。三間さんは「NEXTの名前を入れた方が宣伝になるよ」と言ったが、話を聞いたところあっちの集団にはそれほど速い人はいないようだし宣伝効果には疑問があった。そして何よりも「NEXT」の名前をいれた為に「宣伝してやってる」とスポンサードの交渉でもされたらめんどくさいと思い、(本音は言わなかったけど)それは良いですと断った。考えてみればまあよくそこまで心配したもんだ(笑


考えた僕は「レーシングファミリーなると」にしようと言った。


僕が箱根を走っていたときに僕らの世代で伝説のチームがあった。「レーシングファミリーCHA CHA」と言うチームだ。黒いおそろいのジャンバーでキャブの吸気音を轟かせ、ものすごくかっこよかったし速かった。ホントはどーなんかしらんけど(爆

レーシングチームなのに「ファミリー」で「チャチャ」なんて、なんかいいな。そう思ったので自分のチームに使いたかった。


「なると」は昔見た少女マンガ(ぼくは妹がいるからか少女マンガを見る機会が多かった。)に、主人公のもてない女の子が好きな男の子が出来たけど告白しようにも勇気が出なくて

「私はラーメンの具で言えば”なると”なの。みんなチャーシューや玉子は入っていなかったらがっかりするけど、なるとは入っていなくても気が付かないでしょ? そんなおまけにもならないような女の子なの」

って言うフレーズがあった。結局マンガはハッピーエンドで男の子が「ぼく”なると”好きだよ」みたいなことになるありきたりなパターンなんだけど、その時妙に「あー、なるとってそうだなぁ」って感心したのだ。

僕らがクラブを作っても競技会にでれば「なると」みたいな感じだな。って思って「なると」にした。所詮おまけにもならないのだ。

ちなみにこのことは誰にも話したことがないから、今ここを見ているクラブ員は「そんな理由なのか!」と思ってるはず(爆


その名前を聞いて三間さんの顔が引きつったのを覚えている。自分で作るチームは格好いい名前にしたかったのだろう。でもコイントスで決めようと言ったのは三間さんだったし、どんな名前でも文句を言わないと言う条件だったので、三間さんは反対することができなかった。

この名前を聞いて一番反対したのは「偵察隊石黒」だった。いまでこそなんだか酔っぱらいのおっさんになってしまったが、このころは「アイスマン」と言うあだ名が付けられているほど「クール」な奴だった。簡単に言えばカッコつけだったのだ(笑。 当然そんなふざけた名前は認められない。猛然と三間さんに抗議をしたらしいが、「どんな名前でも文句は言わない」と言う約束を三間さんは破ることが出来なかったのかだろう。そう言う性格の男なのだ。そこで最後の抵抗で「レーシング”スポーツ”ファミリー」にすることと、略称名を「なると」では無く頭文字の「R・S・F・N」にし、ステッカーも「R・S・F・N」の文字を使用することで石黒さんは了承した。

名前も決まり、本拠地も決まった。ステッカーも作ったし全てがそろって、なんとか「レーシングスポーツファミリーなると」は転がり始めた。まだその時は五角形が転がっているみたいにいびつだったけど、何とか転がり始めたってところだろう。

2007年09月14日 (金) ―― うめざわ ――

やべ、下手こいた

先日お客様の車が終わったのでご自宅に電話をしました。

これ、僕にとってはみなさんが思っているより遙かに「緊張の一瞬」なのです。


なぜ?


電話に出た人が「誰」だか判らないからです。

たとえば女の人が出たとしましょう。可能性として


■奥さん(事前情報で有無判定可能)

■彼女(普通は無いけど)

■声の若いお母様

■娘さん


あたりの可能性があります。下の名前が判るときには「●●様にご伝言をお願い出来ますか?」といえばいい。一番の問題は「若いっぽい声の女性」をどれぐらいの年齢で見るかってことです。

「ハイもしもし」の次に「お父様いらっしゃいますか?」というか「旦那様いらっしゃいますか?」というかの2択をしなくてはいけない。まさか

「あなたは奥さんですが?それともお嬢さんですか?」

って聞くわけにいかないでしょーが・・・。



電話「プルルルルル(ベルが鳴る)」


「・・・・・・・」


電話「(ガチャ)ハイもしもし」


来た!若い女性の声だ



そのお客様にはしっかり事前情報を取り付けていました。「娘さんがいらっしゃる」ということをね。

最近セカンドカーを大きくしたということから考えても娘さんは小学生の3年生~4年生あたりだと推理しました。そしてこの電話に出た女性はその娘さんだと思われる。

事実とはそう言うものなんだよワトソン君。


梅「あ、モシモシ、私お父さんのお車をお預かりしているお店の人なんですけどね、お父さんかお母さんが帰ったら車の修理が終わっていますと電話があったことを伝えてもらえるかなぁ???」


小学生の女の子にわかりやすいようにハッキリとそして優しく好印象をもってもらえるように語りかけました。すると

電話「はい、判りました」

あれ?なんか子供っぽくない感じの返事だぞ・・・。

まあ女の子も3~4年生になれば大人っぽくなってくるしね。って、その段階でもあまり疑問は感じていませんでしたが、あとで旦那さんが車を取りに来られたときニヤニヤしながら


うちの娘。まだ3才だよ


うちの娘。まだ3才だよ


うちの娘。まだ3才だよ








へたこいたぁ

○| ̄|_

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